吉崎御坊と大高山願牛寺


「吉崎御坊の鳥瞰図」

※「吉崎別院」:資料参照/http://www.yoshizakibetsuin.com/index.php

 本願寺の有名なご旧跡として、福井県のあわら市に「吉崎御坊」があります。

左の室町時代の掛け軸は、本願寺に伝わるもので、第八代門主、蓮如上人によって建てられた北陸布教の拠点としての吉崎御坊を示している図です。現在はここは吉崎御坊跡となっていますが、近隣に西本願寺、東本願寺それぞれが「吉崎別院」を建て、真宗の大切な拠点として布教活動を行っています。

 

 さて、吉崎御坊は、この掛け軸に示されているように北方湖にぐるりと周囲を囲まれた吉崎山に建てられたのですが、「蓮如上人がこの地を選ばれたのは、親鸞聖人が建てられたという願牛寺の建っている大高山の地形を参考にされたのだ」という説があります。

 この説を教えて下さったのは、浄土真宗大谷派大福寺住職の太田浩史先生です(先生は、真宗史を専門にされております。)。

そのように言える理由としては、

①吉崎御坊も願牛寺も、北西南の三方を沼(湖)に囲まれた高台にある場所であること。

②蓮如上人は、若い頃の関東巡拝の旅の際に願牛寺に滞在されたことがあり、親鸞聖人が選ばれた布教の地として大高山の地形をしっかりと記憶されたはずであること。

③蓮如上人が布教の地として定められた箇所は、吉崎のほか大阪の石山本願寺もあるが、石山本願寺も吉崎御坊と同様に沼で囲まれた場所である。蓮如上人は、ご自身が布教の拠点を選ばれる際には、願牛寺の立地条件と近い地形の場所を選定されている、ということでした。

 

 このように大高山にある願牛寺は、浄土真宗の大切な拠点の原点といえる場所なのです。